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大学時代・就職・リストラ その3

~就職 会社とバブル その2~

ちょうどバブル期は、私は鹿児島支店にいました。
鹿児島の中洲(歓楽街)は天文館です。
天文館のメイン通りを歩いていたら、向こうから
建築屋会社や不動産屋さんが寄ってきて
「ああ、古川さん、ちょっと僕と一緒に…」と誘われて
行くと、ボトル1本(店で一番高いブランデー)キープして
くれて、フルーツの盛り合わせがいっぱい出てきます。
「ああ、10万円ぐらいかかっているのでは?」と思いながら
建築屋会社や不動産屋さんから「どうぞ」と言われていました。
バブル期はそんな毎日でした。

水曜日には、建築会社のお偉いさんがベンツで迎えに来てくれて、
そのベンツに乗ってゴルフクラブ場へ直行。
ゴルフが終わったらお風呂入って、ベンツで天文館へ直行。
会席のおいしい料理を食べて、自分の給料じゃ行けないような、
高級クラブに行って接待されて、高いブランデーを飲んで…。
私は若干27、8歳でした。
それが正にバブル。20代では経験できない事を経験しました。
会社はもううなぎのぼりです。


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僕が入社したときは、売上が600億円ぐらいでしたが、
その頃は5000億円になっていました。超優良企業で、
大きな会社になっていました。5年で600億円から5000億円まで
急成長。10倍近く伸びたすごい会社でした。

本社が大阪でしたので、大阪の一番の祭り
「天神祭(てんじんまつり)」では、社員全員会社を休んで
「大阪に集合!」と言われ、泊まるところもちゃんと
取ってもらい、鹿児島支店全員で大阪へ行きました。
天神祭を見学に行ったら、その辺を歩いている人たちの
Tシャツの背中には、うちの会社名のロゴが入っていました。
大阪のいたる所に、会社のロゴが書いてありました。
「うわぁ、でっけぇ会社だなぁ!」と思いました。
「3流大学出だけれど、こんな会社に勤められてよかったなぁ。」
と、心から思いました。
「エキスポランド」という万博記念の遊園地を、社員のために
一日貸し切り。2000人の社員全員で遊園地の乗りもの乗り放題。
朝ご飯はなかったけど、昼ご飯も晩ご飯も食べ放題!
お酒は飲み放題で、料理も料理人を呼んで作ってもらい、
どれだけ食べても飲んでもOK。夕方6時半からコンサートが
始まるのです。
本社の社員さんが「このアーティストを呼びたい!」と予約し、
超有名なアーティストさんが、社員のためにコンサート。
みんなで踊って騒いでいました。コンサートが終わったら、
社員のために花火をバンバンあげて…。
福岡ドームでホークスが勝った時の、10倍ぐらいの花火を
あげていたと思います。
「うわぁ!僕、すごくいい会社に勤めたなぁ!」と、本当に
思いました。それは、平成2年のことでした。

そこまではよかった。そこまでは本当によかった。
課長まで上り詰め、給料もどんどん上がっているし。
ボーナスは200万円はもらっていました。
最高な会社でした。


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「この会社で部長になって、取締役に上がるまで頑張るぞ!
骨をうずめよう。自分は運がいい!」と思っていました。


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