~リストラ~

平成7年の6月に肩を叩かれてこう言われました。
「君に辞めてもらわなきゃいけなくなった。」と。

主任になって、係長になって、課長になって12年間、1番出世を
目指し頑張っていましたが、ついに「辞めてくれ。」と言われました。

父親に電話をして「首になるので、家族4人(妻と子供2人)で
実家に帰るかもしれない。」と相談しました。父は、細々では
ありますが、電気工事の会社を3~4人で経営をしていました。
しかし、父親からは「帰ってきても困る。」と言われてしまいました。
ちょうど弟が1年前に帰っていて「弟にちゃんと仕事を教えてないから、
お前はもう少し福岡で頑張ってくれ。」と言われました。

会社からは首と言われて、父親からはもう少し福岡で頑張れと言われ、
どうしていいかわかりませんでした。

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私に首を宣告した上司が、「長崎の不動産デベロッパーで、マンション
販売の会社がある。そこだったら給料は同じ金額払ってくれると言っている。
もしかすると、ボーナスは今よりもいいかもしれない。お前は家族もあるし、
そこに移り頑張りなさい。ちゃんと根回ししているから。」と言って
下さいました。行き先まで見つけてくれて、良い上司でした。

しかし、2200万円を1400万円で売れという、とんでもない事をさせられた
思い出がトラウマになっており、もうサラリーマンはしたくないなと
思っていました。

12月まで会社に席はありましたが、11月初めぐらいまで働き、退社しました。
6月に首宣告を言い渡され、悩みに悩みました。
そして「私が社長だったら、人を騙すことはしなくていいのだ。」と考えました。

それからワンルームマンションを借りて、準備を始めました。コピー機とFAXは
友人に借り、印刷機は購入。電話は新規で契約。机と椅子を入れたら、お客様
1人がやっと入れる狭いマンションの1室。18平方メートルぐらいだったと思います。

不動産業を始めるためには、不動産業者免許が必要。その資格を所有していた
人との出会いがあり、その人に肩書き上、代表者となってもらい、私は
営業部長として不動産業を始めました。

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独立しようと決めたのですが、当時お金もなく、始動できたのが今でも不思議です。
いろいろな準備をして12月を迎えました。2200万円を1400万円で売る事をさせられ
なかったら、上司に紹介してもらった会社に移っていたと思います。

最近は、さまざまな知り合いにこの話をしますが、「それでよかったんじゃないの?」と
感想を頂きます。今となってみれば、その時思い立ってよかったと感じています!